鞍馬在住の親友に誘われて鞍馬の火祭に行ってきました。
鞍馬の火祭は今宮神社の玄武やすらい祭、太秦広隆寺の牛祭と並び京都の三大奇祭とよばれ、毎年10月22日、時代祭と同じ日に行われます。
以前から一度見に来いと言われていたのですが、なかなか仕事との折り合いがつかず、今回が初体験になりました。
火祭は鞍馬寺ではなく、同じ敷地にある由岐神社の神事です。
由岐明神が遷宮した際に住民が篝火や松明を焚いてお迎えした儀式が受け継がれたものと言われています。
山門前に二基の御輿。あいにくの雨でビニールシートを被せられていました。
15時頃。まだ観光客の姿もちらほらで、住民の方々は篝火の準備に余念がありません。
街道沿いには宿と呼ばれる会所があり、ここに7つの「仲間(祭りを取り仕切る世襲の組織)」がそれぞれ待機しています。
祭りの無事を祈念して神妙にご祈祷中。
僕たちは友人宅でごちそうを振る舞われながら祭りの開始を待ちます。
18時。
「神事にまいらっしゃーれ」の合図(神事触れ)とともに各家の篝火に火が灯ります。
街道に続々と人が集まりだしました。
本番を前にかわいい子供松明が通ります。小さいけど結構重そうだよこれ。
締め込みに下がりを付けた主役の若衆たちが篝火で暖を取りながら出番を待っています。
10月末の鞍馬は日が落ちると結構寒いです。
宿にはそれぞれ貴重な神道具が飾られています。
こちらには武者の鎧が。
火難除けのお守りも売っていました。火祭から火事が出たことはないらしいので御利益あるかも。
19時。いよいよ大松明に火が付けられ、行進が始まりました。
サイレイヤ、サイリョウの掛け声と太鼓、鐘を打ち鳴らし、大松明を抱えた若衆が街道を練り歩きます。
所定の場所で仲間が合流する諸礼を繰り返し大きな行列となって行きます。
諸礼の儀。
合流を繰り返すたび松明も人も増えて行き徐々にヒートアップ。
狭い街道は火の粉と怒号が飛び交うデンジャラスゾーンと化します。
注連縄伐りが行われる御旅所に大松明集合。
大松明は一本80kg~100kg近くあるそうです。立てるのも大変。
注連縄伐りの後、御旅所から山門を目指して再び街道を練り歩きます。
とにかく道が狭い上、一万人にも上る観光客が押し寄せる「日本一混雑する祭」の異名があるとか。
人が溢れ、何やら殺気立ってきました。ちょっと怖いです。
山門にはすでに松明が集まり始め遠くから見るとまるで山火事のよう。
松明の炎もだんだん大きくなり、担ぎ手も命がけ。
大炎上!大炎上!
松明は一箇所に集められさらに大きな炎となります。
大きくなりすぎた火は時折消防団が水をかけ炎を調整していました。
すべての松明が集められると山門の神輿が降ろされます。
参道の階段が急なため後から綱で支えてます。この綱を引く「綱方」は主に女性の役割で役を全うすると安産になると言われているそうな。
足を大きく広げて担ぎ棒にぶら下がる「チョッペンの儀」
チョッペンとは担ぎ棒の先のことで、ここを任されることは一人前の大人と認められることから鞍馬の成人式の意味があるそう。
しかし、近年は若者が少なくなり僕の友人も四十を過ぎてやったそうです。
チョッペンの儀が終わると徐々に観光客も引けていき、さっきまでの殺気立った雰囲気は一気に和んできました。
警察の規制も解除され氏子や残った観客も参加して神輿引き。
みんなでサイレイヤ、サイリョウの声を上げ、神輿は街道沿いの集落を一周して御旅所を目指します。
僕も松明を持たせてもらったけど、この程度の大きさでも結構重いよ。
火の粉どころか火の着いたままの破片が飛んできて、さっきの大松明なんてよく平気な顔して持ってられるなと改めて感心したり。
御旅所に到着。時間はすでに23時過ぎ。
この後まだ神楽奉納があるのですが、0時1分に最終の京福電車が出発してしまうためここでタイムアップ。
今回は鞍馬住民の関係者(氏子扱い)ということで、一般の観光では見れないような至近距離で祭りを見ることが出来ました。
火祭は屋台などが出ることもない鞍馬住民による鞍馬住民のための神事であり、見るのもやるのも命がけ。
大きな事故が起こって伝統を守れなくなってしまうことをとても恐れています。
時代祭からの成り行きで観光するのもいいですが、燃えにくい素材の服装で、警察や関係者の指示にちゃんと従って事故のないように参加して欲しいと思います。
サイレイヤ、サイリョウ!
- 執筆者: a-ki
- 最終更新日: 2019/02/02